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歴史的沿革

    中華民国

     
    民国三十四年(1945年)八月、日本の敗戦とともに台湾は中華民国に帰属することになり、十二月には新たな行政区分がもうけられました。これまでの台南州は台南県に、嘉義市は省直轄市に、嘉義郡、東石郡は嘉義区、東石区に変わり、郡役所は区署に改められました。また庄役場は郷公所に、街役場は鎮公所にそれぞれ改められました。

    民国三十五年(1946年)四月、嘉義区の「番地」に呉鳳郷が置かれ、六月、水上郷は嘉義市(省轄市)に編入、郷公所は水上区公所になりました。八月、太保郷が嘉義市に編入、郷公所は太保区公所に変わりました。

    三十九年(1950年)九月、台湾省政府は各県市の行政区域の調整を以下の通り公布しました。台南県嘉義区、東石区を嘉義市に編入、嘉義市は県轄市となり、区は廃止されました。十月、嘉義県政府成立に伴い、市政府人事業務は県政府に引き継がれました。水上、太保区公所は、水上、太保郷公所に改められ、翌四十年(1951年)十月、嘉義市公所が組織されました。

    民国四十二年(1953年)十二月、嘉義県下の各市郷鎮に調整が加えられました。嘉義市一百五里,朴子鎮二十四里,布袋鎮二十三里,大林鎮二十一里,太保郷十七村,水上郷二十七村,民雄郷二十八村,溪口郷十五村,梅山郷十六村,竹崎郷二十四村,番路郷十一村,中埔郷二十村,大埔郷五村,呉鳳郷十四村,義竹郷二十五村,鹿草郷十六村,東石郷二十三村,六?郷二十六村,新港郷二十三村です。

    民国六十七年(1978年)十二月、行政院で嘉義市の台湾省直轄市昇格案が原則可決、七十年(1981年)十二月、嘉義県議会は太保郷東勢寮農場に県庁を置くことを可決しました。

    民国七十一年(1982年)七月、嘉義市の省轄市昇格。

    民国七十八年(1989年)三月、呉鳳郷を阿里山郷と改名。

    民国八十年(1991年)七月、太保郷を太保市と改め、十一月、県政府は太保市祥和新村に移る。

    民国八十一年(1992年)九月、朴子鎮を朴子市と改める。

    嘉義県には二市、二鎮、十四?があります。それらは、太保市、朴子市、布袋鎮、大林鎮、水上郷、民雄郷、溪口郷、梅山郷、竹崎郷、番路郷、中埔郷、大埔郷、阿里山郷、義竹郷、鹿草郷、東石郷、六?郷、新港郷です。
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